火垂るの墓|商標問題か政治的理由か?放送禁止の理由を探ってみた


1988年公開、高畑勲監督の映画『火垂るの墓

『となりのトトロ』と同時上映で公開されたスタジオジブリのアニメーション映画です。

https://twitter.com/tobotta/status/1294406179339214848?s=21

昭和20年9月21日夜、僕は死んだ

終戦直後の阪急電車の駅構内で14歳の少年清太が死んだところから物語が始まります。

大切な家族、家、すべての財産を戦争によって失い、生きていくのがやっとの時代。人の命は蛍の光ほどにはかないものであるという現実、戦争孤児となった兄妹の物語です。

『火垂るの墓』の原作はあるのか

野坂昭如著の「アメリカひじき・火垂るの墓」が原作となっています。

作者の野坂さんも戦後、戦争孤児として1人焼け跡で暮らします。食べ物もなく住むとこも失い、家族も亡くした子供たちが精一杯生きていました。野坂さんの1歳8ヶ月の妹を栄養失調で亡くしていて、守れなかった妹へのレクイエムだそうです。節子のモデルは野坂さんの妹さんのようです。

その経験から「アメリカひじき・火垂るの墓」作られました。戦争の悲惨さ、残酷さを訴えている作品です。

二度と子供が餓死しない世の中にしたい

野坂さんの願いです。

https://twitter.com/zdz47x57djfha0s/status/1280618626739892224?s=21

『火垂るの墓』のストーリー

終戦直後の阪急電車の駅構内、14歳の清太が亡くなる。駅員も感情的に死を悲しむことなく、亡くなった清太が持っていたサクマドロップスの缶を見つけ、「なんやこれ」と野に投げる。そこから小さな骨が転がり落ち、入っていた蛍につつまれ、清太と妹節子の回想の物語が始まる。

父は海軍大佐で戦地へ。清太は心臓の弱い母と4歳の妹節子と暮らしていた。空襲でなんとか火の手を逃れ、母のいる避難所の学校へ向かうが母は火傷を負い包帯ぐるぐる巻きにされていて、間もなく亡くなった。

西ノ宮の親戚の家に身を寄せるが、意地悪なおばさんにきつく当たられる。清太は実家にあった食糧を運ぶもサクマドロップスだけは節子の為にと渡さずに抜いておいた。

母の形見「お母ちゃんのおべべ」の着物を売ってお米にしたが兄妹はろくに食べさせてもらえず、ついに清太は節子を連れて親戚の家を出て、池の横にある防空壕を住処とした。

単に自由な生活ではなく、厳しい現実に直面していく。食糧は底をつき、池の周りにいるカエルやタニシを食べて凌いでいたが、ある日栄養失調で節子が倒れる。

清太が、節子に栄養のあるものを食べさせようと残りの貯金を下ろしに銀行に行った時、日本は敗戦、父は死亡したと知る。

痩せ衰えた節子はそのまま目を覚ますこともなかった。清太は節子の遺体を荼毘に伏し、遺骨を節子の大好きだったサクマドロップスの缶に入れた。

そして、映画の冒頭、駅構内で死を待つ清太のシーンへと繋がっていく。

『火垂るの墓』はなぜ放送禁止と言われるのか

サクマ式ドロップスの商標登録問題

火垂るの墓』の物語で出てくる節子の大好きなサクマ式ドロップス。

明治41年創業の佐久間製菓株式会社が、大正2年に缶入りのサクマ式ドロップスを発売しています。

戦後、サクマ製菓の兄弟が分離し、「サクマ式ドロップス」「サクマドロップス」を作り、裁判にまで発展。その商標登録問題に巻き込まれたとのこと。

しかし、その後、サクマ式ドロップスの復刻版には『火垂るの墓』の節子が描かれています。おそらくこれが原因ではなさそうですね。

政治的思想の問題か

国の軍事法に対する反対意見を示していると敵視され、反戦を訴えたとみなされたからとも言われています。しかし高畑監督は『火垂るの墓』は反戦映画ではないと明言しています。

「反戦やただ涙を誘うような映画ではなく、戦争時代に生まれた普通の兄妹の日常を描いた悲劇の物語」

火垂るの墓の視聴率の低迷

火垂るの墓』は、8月の終戦記念日あたりに『金曜ロードSHOW!』で再放送されるようになります。

1989年から始まり、1年~3年おきに放映されていましたが、2009年の放映後は2013年まで約4年間放映されませんでした。

他のジブリ作品とは違い、『火垂るの墓』は視聴率が一桁になり、下がっているからのようです。視聴率の低迷が原因というのは一番信憑性がありますね。しかし、2018年にも放送されているので放送禁止とまでではないようですね。

ちなみに最近の放送では、実は最後に清太が駅で亡くなるシーンはカットされていたようです。あまりにも残酷と批判の声があったからでしょうか。

まとめ

火垂るの墓』が放送禁止と言われた理由を挙げてみましたが、様々な噂はあっても結果放送禁止ではなかったようですね。

私が小学生の頃、夏になると戦争について学ぶ機会がありました。「第二次世界大戦の中を生き抜いてきた体験者に話を聞くように」と言われたが、本当に苦しんだ祖父母が多くを語ることはありませんでした。

現在、学校では戦争や反戦の捉え方の問題で、戦争の現実を学ぶ機会が減ってきたように感じられます。

蛍のように儚く消えた命。本や、映画『火垂るの墓』を通じて戦争の残酷さを目で見て、感じ取っていくことができる。ぜひ観るべき映画の一つです。



1 個のコメント

  • こんにちは。映画ブログを運営しているものです。
    火垂るの墓はこの先ずっと残していくべき名作ですね。ジブリ策で一番泣けます。
    結構昔に観たので、また見返したいと思います。
    これからも、何年かおきに見返して、戦争の悲惨さを脳裏に焼き付けていくべきでね。

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